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【アラベスク】  第8章 荊の城



第1節 女王様 [6]




「その女王様って、やめてよね」
 ()めつける相手に首を傾げ、小バカにしたような視線の陽翔。
「でもその様子だと、手を(こまね)いているだけのようだな」
「拱いてなんかいないわっ」
「ほう? お前が自らアプローチするとは思えないけど」
「手は打ったわ」
「手は、打った?」
 陽翔の口元が皮肉げに歪む。
「つまり、姑息な策でも実行したというワケか?」
「姑息とはなによっ!」
「じゃあ、くだらない だ。どうせ自分の口から好きの一言も言えないんだろ? 真正面から堂々とブチ当たれもしない奴が、エラそうに吠えるなよ」
 幼少の頃から華恩を知る陽翔には、彼女の行動などだいたい読める。反論のできないまま拳を震わせる相手にも涼しい顔で、 まぁ もっとも と言葉を添え
「お前がどんな恋愛をしようと、俺には関係ないけどね」
 フフッと笑い、机に片手を付いて身を乗り出す。
「そんなふうに吠えるなら、俺に期待なんてするなよ。俺がその山脇って男と接点を持つようなことになっても、お前には協力してやらないからな」
「なっ!」
「手は打ったんだろ?」
 優しい口調の中に棘を潜ませる陽翔の言葉。実に不愉快だ。
 できるなら突っぱねてやりたい。だが―――
 陽翔が"姑息"と侮蔑する策は、暗礁に乗り上げたまま。
 まったく、役立たずなんだからっ!
 華恩に睨まれ、緩はブルリと身を震わせる。
「寒いの?」
 そんなワケはない。今日も残暑は蒸し暑い。いくらこの部屋がエアコンの効いた副会長室であっても、寒いワケはない。
 陽翔はチラリと華恩を睨み、やがてゆっくりと頷いた。
「手を打ったが、失敗した。というワケか」
 もう答えるつもりもなく、プイッと視線を逸らせる華恩。その態度に冷笑を投げ、再び緩へ顔を向けた。
「まぁいいさ。俺はお前みたいな心の狭い人間じゃない。接点くらい作ってやるよ」
「ほんとっ?」
 ゲンキンに喜ぶ華恩の横で、女子生徒が眉をしかめる。
「どっ どうやって?」
 華恩の好意を露見することなく山脇瑠駆真との接点を作るなど、どうやって?
 訝しがる生徒の表情に、華恩の顔も強張る。
「何をするつもり?」
 疑いの視線にも、陽翔は笑う。
「簡単だよ。お前、今度の唐渓祭でさ、ティーパーティーでも開けよ」
「は?」
「茶を飲むのが好きなんだろ? 茶葉だって結構金かけて集めてるらしいじゃねぇか」
 先ほども華恩は、この部屋で瑠駆真とお茶を飲みたいとボヤいていた。
「ご自慢のお茶を、山脇瑠駆真に飲ませてやれよ」
「えぇ?」
「どうやって?」
「お茶会でも開いて、山脇瑠駆真を招待でもすりゃあいいじゃねぇか」
「どうやって? どうやって招待するのです? 口実は?」
 っんなもん、少しは自分で考えろよ。
 女子生徒たちが口々にあげる疑問に、陽翔は上目づかいでうんざりと吐く。
「口実なんてなんとでもなる。お前が好きなのは紅茶だろ? 紅茶ってなアジアからヨーロッパの飲み物だ。茶葉収集家として海外での紅茶に対する見解や、日本では手に入りにくい茶葉の情報を得たい、とでも言えばいい。山脇瑠駆真は海外生活の経験者だろ?」
 陽翔の言葉に、一同は顔を見合わせる。
「でも確か、彼が暮らしていたのはアメリカのはず」
「海外居住の経験者は校内でも数少ない。このさい居住先がアメリカであっても情報が得られるのなら構わない、なんて言えばいい。アメリカでだって紅茶は飲めるだろ?」
「ちょっと、不自然じゃないかしら?」
 唇に手をあて首を傾げる女子生徒へ向かって
「呼ぶのは山脇瑠駆真だけじゃない。とにかく校内の海外生活経験者を全員呼ぶんだ。その中の一人として招待すれば、ターゲットが彼であるという真意を隠すことはできる。それとも」
 陽翔は反論しようとする女子を強引に制止、フッと視線を華恩へ投げる。
「自信がないのか?」
「え?」
「お前の()れる紅茶ごときでは、山脇瑠駆真を惹きつけるのは無理、か?」
 こういう挑戦的な態度に、華恩の矜持はとても脆い。
「バカにしないでっ」
 ガタリと椅子を鳴らして立ち上がる相手に呆れながら そうこなくっちゃ と満足げに笑う。
「じゃあ俺も、一肌脱ぐとしようかな」
 そうして緩の肩をポンと叩く。
「え? 私?」
 事の展開をすっかり傍観していた緩は、キョトンとした瞳を向ける。そのマヌケな視線にふふっと笑い、陽翔は軽く眉を上げた。
「女王様の信頼は、ちゃんと取り戻さないとね」
 言いながら意味ありげに自分の顔を覗き込む陽翔に、緩は無意識に頷いていた。







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